日本の教育・労働・精神医療は最低である ギフテッド問題から見えてくる日本の学校制度の重大な欠点

主に日本の教育(学校制度、ギフテッド等)・労働・精神医療の問題について考えていきたいと思います。

渡米してアメリカでギフテッド教育を受けるための支援団体

マジでギフテッドの子供はマシ・オカみたいにアメリカに行ったほうがいいのかもしれない。日本でこれから先もギフテッド児の支援なんて出来そうにないし、「頭脳流出」すれば政府や文科省も危機感を持ち考えを改めるかもしれない。

アメリカでギフテッド教育を受けるためにギフテッド児及びその家族が渡米するのを支援する団体みたいのがあってもいいかもしれない。支援内容としては英語教育、アメリカのギフテッド教育の学校に通えるように手配、住居の確保、親の職業の確保、渡米後の継続したサポート等。12歳ぐらいだったら親がついて行かないで一人で渡米もアリなのかな。

私の理想とする学校

私の理想とする学校(中学校以降)は、まず入学試験でどうしようもない不良をふるい落とし、入学する際契約書に自分の子供がいじめ加害者になった場合退学処分もあり得るということにサインさせ、制服がなく、ピアスや金髪でもOKで、生徒の個性が尊重され、学級制度はなく、勉強が疎かにされず、本人が望めば上の学年の学習範囲も先取り学習でき、成績が極めて悪い場合は部活動等を停止させられ、集団生活は現在の公立中学校と比べて格段に緩いが勉強には厳しく、法律の授業があり、自由な校風だが暴力やいじめに極めて厳しく時には警察沙汰になることもあり学校側も警察通報や訴訟沙汰を邪魔しようとせず、いじめが起きた場合はちゃんと認め、ギフテッドや発達障害向けのカリキュラムも充実しており、掃除は給料を貰っている業者が行ない、体育祭はないがスポーツフェスティバルのようなものはあり、外国人生徒を積極的に一定数以上受け入れ、現在の中学校のように囲い込むのではなく外部に開かれていて色々な人と接する機会があり、課外活動は学校の内部にも外部にもあり自由に選べ、帰れる時間が早く生徒に時間的ゆとりができ、生徒は若葉マークの市民として学校外や地域の人達と関わりながら育ち、現在の公立中学校のように不良に対しては怖い体育教師が学校全体に幅をきかせて真面目な生徒にまで萎縮を強要するというのではなく不良だけに対し法的措置や退学処分を取り、部活動は学校外にも選択肢があり、教員はドイツの学校のように学校外の出来事には責任を持たない(不良が地域で迷惑行為をしている等)学校。

小学校はいじめ問題も中学校ほどには深刻ではなく、また小学生程度だと自分で選択する能力がまだ不十分であるかもしれない。

上記のような私立の学校を誰か作らないかなぁ。学力試験が難しくなく学費が安ければかなりの需要があるはずだ。私学は少子化で経営が厳しいらしいが、生き残りたければ儲けたければ上記のような学校をつくるべきである。

しばらくブログ休止します

ブログを始める前から書き溜めていた内容をあらかた投稿し終え早くもネタ切れになったことと、多忙なのでブログの更新はしばらく休止させていただきます。

文部科学省にメールを送ってみた

http://www.mext.go.jp/mail/index.html

文部科学省にメールを送ってみました。フォームに1000文字を越えて入力できなかったので二分割して送りました。私一人だけが送ってもあまり意味はないかもしれませんが、多くの人が送ればちょっとは効果があるかもしれません。皆さんも送ってみてください。署名を集め直接持っていくというのもいいかもしれません。


ギフテッドとはhttps://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%95%E3%83%86%E3%83%83%E3%83%89 ギフテッド教育ができないなら社会学者・いじめ研究者の内藤朝雄氏の提案http://d.hatena.ne.jp/izime/touch/20070331/p2 を実現する以外にない。学校に不適応の子供は劣った存在ばかりであるという認識は誤りである。ギフテッド全員が不適応を起こすわけではないが、OEや興味関心が周りの子供たちと違うということ等で浮くギフテッドの子供もいる。学校に不適応=発達障害というレッテルも昨今よく見られるが、本当に本来の意味での発達障害であるのか慎重に見定めなければならない。 現在の中学校の教育は、「クラス」に多人数を押し込め強制的に他者と集団生活をしベタベタの関係を築かなければならない。人間関係やいろいろな人間がいるということを学ぶ必要はあるのかもしれないが、それにしても中学校のクラスは狭くあまりにも長時間同じメンバーとすごさなければならない。このような状況でいじめのターゲットになると悲惨である。自殺が多いのも頷ける。もっと距離の調整や他の人たちとも接する機会や場所があってもいいのではないか。塾であれ習い事であれ、所属する場所に人間関係は発生する。中学校は塾と違って「勉強をするため」に来ているという意識が希薄である。そのため軍隊や刑務所もそうだが大した目的も無く集団ですごすのが第一でいじめが起きやすいのではないか。 環境の良い私立の中学校で育ってきたあなたがた官僚達には想像も出来ないかもしれないが、公立中学校は不良と体育教師の横暴がとにかく酷い。不良達によるいじめは非常に残酷であり、暴力も珍しくはない。不良による学級崩壊もしばしば起きている。不良を制圧するために怖い体育教師が幅をきかせており真面目な生徒たちまで萎縮しなければならない。そして体育教師が真面目で大人しい生徒をいじめることは実はよくあることである。勉強を軽視する風潮もある。とにかく現在の公立中学校という場所は環境が劣悪であり子供たちへの人権侵害が甚だしい。 (1000文字を超えるためその2へ続く)

内藤朝雄氏の提案は、陰惨ないじめの激減や学校に不適応の子供たちの人権を守るのみならず、全ての子供たちがより良い教育と人間関係の場に恵まれQoL(クオリティ・オブ・ライフ)が上がり、労働に対する意識も変わり、日本がより豊かになる可能性を秘めている。日本が中国等の新興国に負けないためには、最も優秀な子供たちの力が不可欠である。今のままでは間違いなく多くの分野で中国に追い抜かれてしまう。日本の衰退は必至である。ギフテッドの子供たちの救済および日本の競争力増強のためにも、欧米でやってるようなギフテッド教育が日本にも必要である。 今すぐにでもできる学校改革としては、学級制度の廃止および学校に市民社会と同じように警察と法を入れること。子供たちの学校への滞在時間を減らす。「掃除の時間」もいじめの温床なので廃止したほうが良い。欧米では業者が学校の掃除を行っており、子供たちに無賃でやらせることは極めて稀である。 長期的で根本的な改革については内藤朝雄氏の著書である「いじめの社会理論」か「いじめの構造」を参照されたい。 現在、多大な税金と労力を使い現在の問題の多い学校制度をわざわざ存続させている。これを変えないのは「罪」である。

発達障害やギフテッド等、それぞれの子供の個性やニーズに合った支援を

↓以下の文章は内藤朝雄氏のブログの記事「学校のゆくえ」からの引用です。

 義務教育と権利教育を分ける。義務教育は強制してでも身につけさせなければならない基本に関して子どもの親に義務を課すタイプの教育であり、権利教育は当人が自己の意志で参加する権利を有する教育である。権利教育は生涯教育と地続きにする。

 1・義務教育の「義務」は、日本語と算数と法律に関する国家試験を受けさせる親の義務、および国家試験に落ち続けた場合には教育チケットを消化させる親の義務に限定する。国家試験の合否は本人以外には知らせず、将来の職業上の地位に影響しない。

 2・権利教育は、学術系(学をつける)、技能習得系(手に職をつける)、豊饒な生の享受系(社交クラブ指向)の3つに分ける。学術系と技能習得系は国家試験中心主義で運営し、学習サポート業務と資格認定業務を分割する。さまざまなスタイルの学習サポート団体が地域に林立し、人々はそれらを自由に選択し使い分ける。国家試験は努力を要しキャリアに直結し、向上心を滋養する。豊饒な生の享受系は、地域に林立するクラブ群によって担われる。クラブ群を自由に遊動-着床する積み重ねにより、子どもたちはオーダー・メイドの自己形成ときずな形成を遂げる。地域に林立する多様な学習サポート団体とクラブは、魅力によって淘汰され進化する。行政は、権利教育にアクセスするライフチャンスを万人に提供する義務を有する。すなわち行政は、街を権利教育の誘惑空間と化する都市計画を行い、収入に逆比例するチケット配布によって機会の平等を達成する責任を有する。この責任を十分に果たしているかどうかが選挙の大きな争点となる。


↑以上で引用終了。

発達障害やギフテッド等、それぞれの子供の個性やニーズに合った支援を受けれる教育制度がいいですね。

ギフテッドと診断してくれるという甘美な期待を抱いて精神科を受診するのはやめたほうがいい

よくネット上で自分や自分の子供がギフテッドと診断されたと言っている人がいるが、あれは稀なケースなのではないか。ほとんどの精神科医や児童精神科医臨床心理士はギフテッドなど知らない。または悪感情を抱かれる場合すらある。要は世間の反応と同じようなものなのである。「うちはギフテッドというものを扱ってます」と掲げていない限りは。

「うちの子、なんかおかしい」と思っているところにギフテッドの診断名がつくのは重要なことである。もっと精神科医臨床心理士にはギフテッドというものを知っていて欲しいと思う。

大人で自分がギフテッドと気づき特に精神的不調がないなら精神科を受診する必要はない。というか受診しないほうがいいと言っておく。現状では自分で調べたり考えたりするのが一番。臨床心理士等による心理カウンセリングを受けることを検討する場合も、慎重になったほうがいい。たいていの臨床心理士はギフテッドなど知らないし、クライアントが自分はギフテッドだと言ったら悪感情を抱く場合もある。しかし精神科医よりはマシかもしれない。

内藤朝雄氏が主張するような内容を実践する市民活動家がもっと必要だ

↓以下の文章は私が2chのとあるスレッドに投稿したものとそれに対するとある方のレスです。


・いじめの相談を受け適切な支援や助言(弁護士や警察に相談することやボイスレコーダーを使用することや不登校でも良いことフリースペース等があることや勉強は必ず続けること等)をする人 
(現在の大半の臨床心理士はいじめられた子供に対しいじめた子供と仲良くしろ学校に適応しろと言ったり発達障害認定するだけ) 
・学校制度の改革を訴える人々や団体 
・「リベラル」な社会を目指す団体できれば政党 





たいていのカウンセラー、精神科医、その他カウンセリングマインドに染まった人々は、 
いじめられる被害者の未熟さ・病的で幼児的であるのを強調し、全面否定するばかり。 
発達のほか、人格障害認定、またはそのおそれがあるためそれを前提とした取り扱いも当たり前。 
時には親もそれとセットで異常人格者、社会不適応者扱いされる。 
基本的に、昔ながらの世俗的道徳、もう少し現代的に欧米、特に米の自立至上主義・極端な個人主義を(はっきりそうと明示しないで)仕込もうとする。 
処世術、マナー、道徳的説教、コミュニケーションたる人間関係調整技術。 
もっとはっきり自己主張しろ、嫌な人とは距離を置け。 
こうした米化する説教は、従属的な人間関係、濃密な関係を前提とし、よしともする日本文化(特に西日本)の中では、かえって文化不適応になり、逆効果だ。